むし歯は世界で最も多い疾患として知られており[1]、未治療のむし歯は日本でも多くの人に存在します。さらに近年は高齢者において、むし歯は増加しています[2]。むし歯は細菌が糖質をもとに作り出す酸が歯を溶かすことで生じます。唾液は酸を中性に近づけたり、溶けかけた歯を修復する役割を持ちます。多くのむし歯は歯の間や奥歯の溝から発生し、特に溝の細菌は歯磨きでは取り除けません。そのため歯磨きをしていればむし歯が防げるという常識は現在では正しくないことが分かっています。さらに生物医学的原因だけでなく、社会環境・生活環境の重要性が認識されつつあります。
学校健診で多くの年齢の子供たちに最も多い疾病がむし歯です。生えてから間もない歯は弱く、また甘い飲食物を好むことが多ので、子供はむし歯になりやすいことで知られます。子供のむし歯は減少を続けていますが地域格差が存在します。子供のむし歯の多くは奥歯の溝から発生します。この予防には溝を埋めるシーラントやフッ化物の利用が有効です。また地域格差の解消には、地域の社会環境・生活環境を改善することが大切です。
20歳以上の9割以上がむし歯の罹患経験を有しています。また、20歳以上の3割が未処置のむし歯を有しています。そして40歳以上の年齢において常に約4割はむし歯が原因で歯が抜かれています。大人のむし歯はその特徴から、歯の根面のむし歯・歯の詰め物の裏側のむし歯・子供と同様のむし歯に分けられます。成人期には歯周病対策だけでなく、むし歯への対策も重要です。
むし歯が歯の表層に限られる場合は、削らず再石灰化を期待します。むし歯が大きくなると歯を削り、詰め物やかぶせものをつける治療を行います。むし歯がさらに進行して歯髄(しずい)に達すると、歯髄を除去(抜髄[ばつずい])する必要があります。その場合の多くは土台をたててかぶせ物をする治療が必要になります。
むし歯を作る要因は、歯の質・細菌(むし歯原因菌)・食物(砂糖)の3つにまとめることができます。それぞれの要因に対応する形でむし歯予防法は、フッ化物応用とシーラント・歯みがきの励行・糖分を含む食品の摂取頻度の制限にまとめることができます。これらの予防法が、家庭で・地域で・保健サービスの現場で、バランスよく組み合わされて行われることが必要です。
フッ化物利用は、歯質のむし歯抵抗性(耐酸性の獲得・結晶性の向上・再石灰化の促進)を高めてむし歯を予防する方法です。全身応用(経口的に摂取されたフッ化物を歯の形成期にエナメル質に作用させる)と局所応用(フッ化物を直接歯面に作用させる)があります。有効性・安全性に関する証拠が確認されています。
フッ化物(モノフルオロリン酸ナトリウム(MFP)・フッ化ナトリウム・フッ化第一スズ)を含む歯磨剤です。幼児から高齢者まで生涯を通じて家庭で利用できる身近なフッ化物応用で、世界で最も利用人口が多い方法です。
比較的高濃度のフッ化物溶液やゲル(ジェル)を歯科医師・歯科衛生士が歯面に塗布する方法です。乳歯むし歯の予防として1歳児から、また成人では根面むし歯の予防として実施されています。矯正治療中の患者さんや唾液流量の低下している人など、むし歯になるリスクの高い人に対して他のフッ化物応用法に加えて実施されています。
一定濃度のフッ化ナトリウム溶液(5~10ml)を用いて、1分間ブクブクうがいを行う方法で、永久歯のむし歯予防手段として有効です。第一大臼歯の萌出時期(就学前)にあわせて開始し中学生まで続けます。保育園・幼稚園・小中学校で集団実施されていますが、個人的に家庭で行う方法もあります。
水道水フロリデーションとは、むし歯を予防するために飲料水中のフッ化物濃度を歯のフッ素症の流行がなくむし歯の発生を大きく抑制する適正量(約1ppm)まで調整するという自然を模倣した方法です。現状のむし歯有病状況を半分以下にするという効果が確認されており、安全性と効果については専門機関が保証しています。緑茶や紅茶にもフッ化物が含まれますが、その濃度は水道水フロリデーションと同じくらいであり、身近な食品に近い濃度のフッ化物でむし歯を予防する方法として知られています。
シーラントは、奥歯の溝を物理的に封鎖したり、シーラント材の中に含まれるフッ化物により再石灰化作用を促進したりするむし歯予防法です。4年以上で約60%のむし歯予防効果が認められ、特にフッ化物応用との併用によってむし歯予防効果はさらに増加します。むし歯発症リスクの高い歯に行うと特に有効です。
砂糖はむし歯のリスク・ファクターのひとつであり、摂取方法によってむし歯の発症に影響を与えます。むし歯予防には、甘味(砂糖)摂取の総量を減らすこと、およびその摂取回数を減らすことは効果的です。ただし、砂糖摂取を制限するだけでは、むし歯予防対策として不十分なため、フッ化物配合歯磨剤の利用など併せて取り組むことが大切です。また砂糖の過剰摂取は、肥満にもつながることから、生活習慣病予防対策の一環として取り組むことも効果的です。
スクロース(砂糖)などの発酵性糖質に替わってう蝕の原因にならない代用甘味料を上手に利用することが、う蝕予防にとって重要です。いろいろな代用甘味料が開発されており、内閣府消費者庁が許可している特定保健用食品(トクホ)や国際トゥースフレンドリー協会認定食品に利用されています。う蝕予防のため、特に食間にはこれらの食品を活用し、メリハリのある食習慣をつけることが肝要です。
乳幼児期における哺乳びんによる不適切な飲料の与え方、あるいは卒乳時期を逃した授乳、とくに夜間の授乳は、特有のむし歯の症状を引き起こすことがあります。乳歯が生え始め、離乳食が始まったら、哺乳びんを使って甘味飲料を与えることを避けるとともに、寝ながらの授乳は控えるようにしましょう。乳幼児期のむし歯の発症には多くの要因が関わっているため、卒乳に関する適切な対応とフッ化物の応用などを含むむし歯予防の実践が求められます。
歯みがきは、歯面からプラークを機械的に除去することを目的とした予防法です。これにはセルフケアとプロフェッショナルケアがあります。セルフケアによってプラークを毎日完全に除去することは現実には不可能と考えられます。むし歯予防を成功させるには、セルフケアとともに他のむし歯予防法を組み合わせることが必要です。
歯の中には「歯髄(しずい)」と呼ばれる神経や血管を含む組織があります。むし歯や外傷によって歯髄が感染したり壊死(えし)したりしてしまうと、歯髄を取り除く根管治療が必要になります。さらに一度根管治療を行ったにもかかわらず、再び根管が感染してしまったり感染が残っていたりする場合は、再根管治療が必要となります。
開示すべきCOIはありません。