犯罪被害は強い衝撃をもたらします。被害直後の不安や混乱は時間の経過とともに軽減していきますが、ASD・PTSD・うつ病などを発症する場合も少なくありません。これらの疾患や被害による認知の変化から、社会生活機能が障害されることもあります。被害者の回復のための支援が必要です。現在日本では警察や民間被害者支援団体などの支援窓口がつくられ、犯罪被害者等基本法に基づいて被害者支援が推進されてきています。
殺人・強盗・傷害・性暴力など犯罪被害は、被害者の心身に深刻な影響を与えます。被害の直後では、被害にあったことが信じられない、現実と思えない気持ちになります。また強い衝撃によって感情や感覚の麻痺や恐怖や不安、動悸や冷や汗などの生理的反応が生じ、どうしてよいかわからないという混乱した状態になります。このような反応は被害後、数時間~数日続く場合があり、被害者は自分が精神的におかしくなったのではないかという不安を抱くこともありますが、これらの反応の多くは「犯罪という異常な事態に直面したために生じる人間の正常な反応」です。
急性期では被害者に付き添い安心できるようにすることや、身の回りのことや必要な情報を提供する「危機介入」と呼ばれる支援が重要です。また被害から1ヶ月くらいの間は「不安でいつも事件のことが頭から離れない」「考えたくないのに事件のことを思い出してしまう(再体験)」「事件に関連するような場所や状況を避けてしまう(回避・麻痺)」「眠れない」「集中できない(過覚醒)」などの症状が表れることがあります。
このような症状に加えて「現実感がない」「ぼうっとしてしまう」「自分が自分でないような感じがする(解離症状)」などの症状が2日以上続くような場合には、急性ストレス障害(ASD: Acute Stress Disorder)と診断されることがあります。こういった症状は時間の経過とともに軽減していくことも多いのですが、犯罪被害のように生命の危機を伴うような体験では、症状が持続してしまうことが少なくありません。前述した再体験、回避・麻痺、過覚醒の症状が1ヶ月以上続く場合には、心的外傷後ストレス障害(PTSD: Posttraumatic Stress Disorder)と診断されます。
いくつかの研究報告から、身体的な暴力の被害者やレイプの被害者では20%~50%くらいの人がPTSDを経験すると考えられます。また犯罪被害者ではPTSDと合併して、あるいは合併していなくてもうつ病やパニック障害・社会恐怖などの精神疾患も多くみられます。このような精神疾患や犯罪被害による認知の変化(世の中や他人が危険に感じて信頼できない、自分が無力に感じる)の影響で、対人関係や仕事がうまくいかなくなることも多いのです。不眠などをお酒で解決しようとするとアルコール依存症などの問題を二次的に引き起こしてしまうことがあります。不安や不眠、精神的な苦痛が続いている場合には、精神科や心療内科に相談することがすすめられます。
このような被害後の様々な問題を被害者や遺族自身が1人で対処していくことはとても大変なことであり、周囲の支援は重要です。日本では2004年に犯罪被害者等基本法が公布され、国や地方自治体、国民は犯罪被害者を支援する義務があると定められました。この法律にしたがって、現在被害者支援が推進されています。犯罪の被害にあった人の支援窓口として、各都道府県・政令指定都市の犯罪被害者等相談窓口、各都道府県警察の被害者相談(犯罪被害者支援室)、検察庁の被害者相談支援員制度、法テラス犯罪被害者支援ダイヤル、民間被害者支援団体(全国被害者支援ネットワーク加盟団体など)、配偶者暴力相談支援センター、児童相談所などがあります。また、被害者同士が安心して気持ちを語り合うことができる自助グループや当時者団体も大切な存在です。 これらの相談窓口は警察庁の犯罪被害者等施策のwebサイトから見ることができます。
そしてこのような専門機関だけでなく、家族や友人など周囲の人が、被害者の気持ちに耳を傾け寄り添い、一緒に問題の解決を考えていく姿勢で関わっていくことが被害者の回復に重要なのです。
(最終更新日:2021年1月12日)