交通事故重傷者のおよそ3割が、約1ヵ月後にうつ病やPTSDなどの精神疾患を発症します。精神疾患の発症を予防することを目的にした研究や、事故後の精神疾患が怪我の回復やリハビリにどう影響するかを調べる研究が期待されています。
交通事故で重傷を負うことは、いつどこでも起こりうる「つらい出来事」です。北米の調査によると4人に1人は生涯で一度は交通事故を経験するといわれています。警察庁の統計によると、2020年中の交通事故死者数は2,839人、交通事故負傷者数は369,476人となり、2015年以降5年連続でともに前年を下回りましたが、交通事故をめぐる悲しい出来事が跡を絶つことはありません。救急医療の発展により、重傷患者の生存率が向上する一方、後遺障害を抱えながらリハビリを続けている人は増えています。近年ようやく交通事故を「つらい出来事」として捉えた研究が行われ、西洋諸国における交通外傷後の精神健康の実態が報告されるようになりました。
筆者らは、交通事故で重傷を負い高度救命救急センターに搬送された患者に、搬送の24時間後から精神科医が面接を行うことで、18~69歳までの連続する100人の状態を追跡しました(頭部にダメージのある人や以前から精神疾患のある人らは対象から除きました)。その結果、4~6週目の診断で31人が何らかの精神疾患を発症していました。その内訳は、31人中16人が「大うつ病」(重度のうつ)、7人が「小うつ病」(軽度のうつ)、8人がPTSD(外傷後ストレス障害)でした。うつ病とPTSDは相互に合併している例が多く認められました。詳しい分析の結果、事故時に生命への脅威を感じた人・恐怖の記憶が強かった人・入院時の心拍数が高かった人ほど精神疾患を発症しやすい傾向にありました。
救急医療の現場では命を救うことが最優先ですが、精神疾患を発症すると怪我の回復やリハビリ、社会復帰にも影響しかねません。近年、交通事故重傷者のPTSD発症予防を目的にした認知療法とβ遮断薬による薬物療法の有効性が報告されていますが、日本ではまだ検証されていません。今後は精神疾患の発症を予防することを目的にした研究や、事故後の精神疾患が怪我の回復やリハビリにどう影響するかを調べる研究も期待されます。
先に示した数字からもお分かりのように、およそ7割の人は交通事故という「つらい出来事」を体験しても精神疾患を発症しません。こうした人々が精神健康を保っている理由についてはまだよく分かっていないので、これも今後の研究課題だと思われます。
筆者らは精神疾患を発症した重傷者の3割の人たちに精神科や心療内科を受診するようアドバイスしましたが、多くの方が受診されませんでした。時間経過とともにご本人の回復力を発揮されて回復される方々もいらっしゃいますので、精神科・心療内科への受診が必須というわけではありませんが、事故から3か月以上経っても気分がふさぐ・意欲が低下する・眠れない・恐怖記憶が突然蘇る・事故現場に近寄れない・イライラする・物音でドキッとするなどの症状で悩まれている場合は、一度精神科医や心療内科医に相談されることをお勧めします。
(最終更新日:2021年6月22日)