アルコール依存症の原因に遺伝が関係することは確かです。特にアルコールを分解する酵素の遺伝子による違いが、依存症のなりやすさに強く影響することが知られています。さらに、最近では環境による影響の受けやすさに遺伝が関係していることがわかっています。しかし具体的な遺伝子については十分にはわかっていません。
アルコール依存症の原因に遺伝が関係していることは確かです。しかし具体的にどのような遺伝子が原因になるかまだよくわかっておらず、それぞれは影響力の小さな遺伝子が多数関係して依存症の原因になっているという説が有力です。しかし遺伝以外に環境も原因となるため依存症の原因は複雑です。
10,000組を超える双生児の縦断研究から、依存症の原因の約半分は遺伝が原因であることがわかっており、それは男女共通とされています。その他にもアルコール依存症はニコチンなど他の薬物依存・乱用と合併することが多いのですが、共通の遺伝因子のあることが報告されています。
数多くの遺伝子が原因の候補として検討されましたが、アルコールを代謝する酵素の遺伝子以外に決定的な候補は見つかっていません。
アルコールを代謝する酵素の遺伝子にはいくつかのタイプ(遺伝子多型)があり、依存症に関係します。肝臓では、アルコールをアセトアルデヒドに分解するアルコール脱水素酵素(ADH1B)と、アルコールが代謝されてできた有害なアセトアルデヒドを無毒な酢酸に分解するアルデヒド脱水素酵素(ALDH2)がアルコール代謝の中心的な役割を果たしますが、その両方の遺伝子に多型が存在します。
ADH1BにはHis48Arg多型があり、48番目のアミノ酸がヒスチジン(His)の人とアルギニン(Arg)の人がいます。Hisの人は東洋人に多く、アルコールを分解する速度が非常に速いという特徴があります。
またALDH2遺伝子にはGlu487Lys多型があり、ALDH2の487番目のアミノ酸がリシン(Lys)の人とグルタミン酸(Glu)の人がいます。Lysの場合にはALDH2酵素は働かなくなります。
ADH1B遺伝子がHisの人は酵素がよく働くために飲酒するとアセトアルデヒドが早くでき、ALDH2遺伝子がLysの人は飲酒してできたアセトアルデヒドがなかなか分解されずに体内に貯留するので、飲酒すると顔が赤くなったり動悸がしたりして不快な反応を引き起こして依存症にはなりづらくなります。
依存症の原因に環境が関係することは「アルコール依存症の危険因子」で述べましたが、同じ環境におかれても依存症になる人とならない人がいます。その原因に遺伝子が関係しているという説があります。これを遺伝子と環境の相互作用と言います。
例えば、上述のALDH2酵素が働かないタイプの遺伝子をもった人は依存症になりにくいことが分かっていますが、アルコール依存症の人の中で、この遺伝子を持っている人の割合を調べると、1979年には2.5%でしたが、この割合は時代とともに変化して、最近(2006年から2010年)では15.4%と高くなっています[6]。これは、環境の変化によって、本来は依存症になりにくい遺伝子を持った人も、依存症になってしまうことを示唆していると考えられます。
他の例として、Monoamine oxidase A(MAOA)という酵素はドパミンやセロトニンなどのモノアミンを代謝する酵素があげられます。MAOAを働かないように遺伝子を操作したマウスはモノアミンレベルが高く、その行動は攻撃的になります。遺伝子は転写されて酵素などが作られますが、MAOA遺伝子の転写には効率のよいタイプと悪いタイプがあり、転写効率がよいタイプの人はMAOAがよく働きます。虐待を受けた子供の調査からMAOA遺伝子の転写効率の悪いタイプの子どもはよいタイプの子どもより成長後に反社会的行動へ移る傾向が強いという報告があります。このように同じように虐待を受けても持っている遺伝子によってその後の影響に違いがあるという説です。
依存症に関しては、幼児期の性的虐待とその後のアルコール依存症への発展にMAOAの転写効率が関係しており、転写効率の悪い遺伝子を持った女児は効率のよい遺伝子を持った女児より依存症を発症する危険性が高いと報告されています。一方で、性的虐待の経験のない子どもではMAOA遺伝子のタイプと依存症になる危険性は関係がないとされます。
以上の説明は遺伝子の構造そのものと依存症の関係についてでしたが、最近ではさまざまな遺伝子から蛋白質やRNAが合成される過程(発現)にもアルコールが影響することや、遺伝子発現の効率の良し悪しが依存症の危険性にも影響するという説も提唱され、研究が活発に行われています。
(最終更新日:2021年12月21日)