よく噛んで食べることは健康によいと言い伝えられてきましたが、近年の疫学調査により速食い【注】の習慣がある人には肥満者が多いことがわかってきました。「ゆっくりとよく噛むこと」は肥満対策のひとつとして期待されています。その一方で歯を失うと「噛めない」状態になり、栄養摂取バランスの低下をきたします。食べ物をよく「噛むこと」「噛めること」は健康と密接なつながりを持っています。
【注】「速食い」は「早食い」と表記されることが多く、本稿でも今回の改訂前までは「早食い」と表記していました。「速食い」は食べるスピードが速いこと(eating fast)を意味し、「早弁」のように食べる時間帯が早いことを意味するものではありません。よって本稿では、本来の意味を正確に表現する「速食い」を用いることとしました。
ゆっくりよく噛んで食べることは健康のためによいと古くから言い伝えられてきましたが、近年の疫学調査により、速食いが肥満と密接な関連を持っていることが明らかになりました。
【図1】は、愛知県内に住む35~69歳(平均年齢48歳)の成人(男性3,737人、女性1,005人)を対象とした疫学調査の結果で、食べる速さ(5段階の自己評価)と肥満度(BMI: Body Mass Index)の関連をみたところ、速食いの人は現在のBMIが高い傾向にあること、さらには20歳時点からのBMI増加量も高いことがわかりました。これらの傾向は他の要因(摂取エネルギー量・年齢・喫煙・身体活動・飲酒習慣)を調整しても統計的に意味のある差であることが認められています。
【図2】は、大阪府と秋田県に住む成人3,287人(平均年齢53.4歳)に対して行われた疫学調査の結果で、【図1】で示した「速食い」に加えて「お腹いっぱい食べる」か否かとBMIとの関連が分析されました。その結果「速食い」の習慣を持つ人と「お腹いっぱい食べる」習慣を持つ人はBMIが高く、両方の習慣を持つ人はさらにBMIが高いことがわかりました。これらの傾向は他の要因(喫煙・運動習慣・職業・総エネルギー摂取量・食物繊維摂取量・地域)を調整しても統計的に意味のある差であることが認められています。
ゆっくりよく噛むことは肥満対策における行動療法のひとつとして「肥満症診療ガイドライン」[3]のなかで「咀嚼法」として位置づけられています。厚生労働省の検討会では、一口30回噛む習慣を奨める「噛ミング30(カミングサンマル)」運動を提唱しています[4]。しかしながら食物を一口30回噛むことは必ずしも容易に実践できる習慣ではないので、手軽な実践方法が求められています。
「咀嚼支援マニュアル」[5]は、速食いを是正する保健指導によるメタボ改善を目的に作成されたもので、これを用いた介入研究による効果[6] [7]も認められています。
しかしながら、速食いの是正による肥満抑制効果をみた介入研究は、速食いと肥満の関連をみた観察研究(【図1】【図2】)に比べると、質・量ともに乏しく[8][9]、今後の課題と言えます。
「噛む」ことに加え、「噛める」ことも大変重要です。【図3】は歯の保有と咀嚼の状況を年齢階級別に示した国民健康・栄養調査の結果ですが、日本人の高齢者では歯の喪失が進んだ人が多く、「何でもかんで食べることができる人」は70歳代では3分の2強、80歳以上では半数強しかいません。
そして食べ物をよく噛めなくなると、硬い食品を避けるようになり、ミネラル・ビタミン・食物繊維などの摂取量が低くなり、栄養摂取バランスの崩れにつながることがわかっています【図4】。
以上のことから、食べ物を「よく噛むこと」「よく噛めること」は、健康づくりにとって大変重要であることがわかります。
(最終更新日:2020年7月28日)