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ナッジを使うときの留意点

「望ましい⾏動」を科学的に後押しすること≒ナッジと説明してきました。しかし、⼈のバイアスや⾏動特性の知⾒を悪⽤して、必ずしも「望ましくない選択」に誘導、悪⽤もできてしまう点にも注意が必要です。

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望ましくないナッジ≒スラッジ

ナッジを提唱したセイラー教授は良くないナッジを「スラッジ(Sludge:英語でヘドロ)」と呼び、本来あるべきナッジと区別しています[1]


良いナッジ 悪いナッジ(スラッジ)
目 的 本人が望む・本人にとって「望ましい選択」を促す 本人にとって「望ましくない選択」に誘導する
ナッジを使う側に都合が良い選択に誘導する
手 段 個人の選択の自由を保障する 誘導したい選択肢以外を選択しにくくする

また、E-Commerce Site(ECサイト)やアプリ上で消費者に不利益な選択に誘導するものは特に「ダークパターン」と呼ばれて近年問題視されており[2]、消費者保護の観点から欧米で規制されるようになりました(EUデジタルサービス法、米カリフォルニア州の消費者プライバシー法[CCPA]など)[3]。ダークパターンの例として下記が挙げられます。

  • 入会や購入は簡単だが、退会やキャンセルを難しくする(妨害型)
  • 都合が悪い情報を見えにくくする(インターフェース干渉型)
  • 他の人が同じことをしているとして決定を促す(社会同調型)
  • 残り時間をカウントダウンして行動を急かす(緊急型)

善意で健康行動を促すためにナッジを活用する方の多くは上記のような意図的な悪用はしないと思いますが、意図しないままスラッジやダークパターンに陥ってしまうこともあるかもしれません。それを避けるためにも、ナッジの活用に関わる人には高い倫理性が求められます。

ナッジを考える際の倫理・注意点

セイラー教授はナッジの内容や介入目的について、3つの原則を示しています[4]

  • 全てのナッジは透明であるべきで、決して誤解を招くものであってはならない
  • ナッジをやめる選択肢(オプトアウト)は可能な限り簡単でなければならい
  • 促す行動は介入を受ける人の幸福や健康を向上させると信じるに足るものでなければならない

個人の倫理観を求めるだけでなく、悪用に陥らないよう組織的に取り組むことも重要です。ナッジそのものの倫理性に加えて、実験的試みであるため介入を受ける群と受けない群がいるために生じる倫理的問題や、介入すること自体が個人の生活に干渉することを意識する必要があるからです。
この点で、日本版ナッジ・ユニットナッジ倫理委員会が作成した「ナッジ等の行動インサイトの活用に関わる倫理チェックリスト」[5][6]が参考になります。ナッジを使った調査・研究とナッジを社会実装する場合を想定して、倫理的問題に対応するための体制の整備から計画時、遂行時、終了後に留意すべき事項が整理されています。

例えば、下記のようなチェック内容が挙げられています。

  • 「社会実装の目的の妥当性」:社会の利益や多くの対象者の価値観や利益に沿ったものか
  • 「社会実装の手法の妥当性」:対象者に不利益な過度な不快感を与えないこと、過度な負担を強いることがないことを確認しているか、対象者に情報を提供する場合、対象者が合理的な判断ができるような適切な情報であることを確認しているか
  • 「対象者の不利益の回避」:対象者及びその関係者に何らかの不利益が生じる可能性について考慮し、不利益が生じた場合や、その可能性が高い場合には社会実装の継続の適否も含め、直ちに対処するようにしているか
  • 「社会実装の結果の公表」:対象者に対して、社会実装の結果の報告を、合理的に十分な範囲で可能な限り提供する用意をしているか

調査研究や社会実装をはじめる前までにチェック内容を満たしているか確認してみてください。

ナッジは一つのきっかけ、継続的なサポートが重要

ナッジは本人が望んでいるがなかなか行動できないときなど、行動を変えるきっかけを提供するために有効です。ちょっとした工夫でできるため費用対効果も高いとされています。しかし、人の行動が変わるには、行動を変えるきっかけに加えて動機付けや行動を変えやすい環境も必要になります。また、行動を習慣化することやはじめの一歩の先の行動変容(健康診断を受けた後に生活習慣を変える等)をするには、正しい知識やそれを実践しやすい環境作りが不可欠です[7]

以上のようにナッジを適切に活用することで、合理的な選択や正しい行動を取るきっかけを提供し、行動変容を習慣化するサポートに取り組んでみてください。

(最終更新日:2024年03月26日)

水野 篤

水野 篤 みずの あつし

聖路加国際病院 医療の質管理室 室長

2005年京都大学医学部卒業、2007年より聖路加国際病院。2017年よりQIセンター副センター長。2020年ペンシルバニア大学内科学講座客員准教授。2022年より聖路加国際病院医療の質管理室室長。専門は循環器、研究手法、医学教育、行動経済学。

参考文献

  1. Thaler, R. H. Nudge, not sludge. Science 361, 431–431 (2018)
  2. OECD. Dark commercial patterns
    https://www.oecd-ilibrary.org/science-and-technology/dark-commercial-patterns_44f5e846-en
    (2022) doi:10.1787/44f5e846-en
  3. Luguri, J. & Strahilevitz, L. J. Shining a Light on Dark Patterns. Journal of Legal Analysis 13, 43–109 (2021)
  4. Thaler, R. H. The Power of Nudges, for Good and Bad. The New York Times (2015)
  5. ナッジ等の行動インサイトの活用に関わる 倫理チェックリスト ①調査・研究編.
    https://www.env.go.jp/earth/ondanka/nudge/renrakukai16/mat_01.pdf
  6. ナッジ等の行動インサイトの活用に関わる 倫理チェックリスト ②社会実装編
    https://www.env.go.jp/content/000047411.pdf
  7. 株式会社NTTデータ経営研究所「行動デザインサービス(ナッジ)」
    https://www.nttdata-strategy.com/services/social/activation_design/