ナッジ手法の最大の特徴は、ついつい先延ばしにしてしまう(例︓夏休みの宿題など)、やらない方がよいのにやってしまう(例:喫煙)など、非合理ですが人間らしい私たちの行動の傾向(バイアス)を前提に行動変容のきっかけを提供することです。
医療・健康領域でナッジが注目されている理由は、前提条件「合理性」にあります。相手に「正しい知識や情報を提供すれば、人は合理的に正しい行動を選択する」、という暗黙の人間観を医療・健康領域に関わる人は持ちがちです。しかし、実際には正しいとわかっていてもその通りに行動できないのが人間です。
食事制限をすると決めても、目の前においしい食べ物があったら、「食事制限は明日からにしよう」などと先延ばししてしまうことは誰もが思い当たることでしょう。これは食事制限で得られる将来の価値よりも、目の前においしい食べ物がある現在の価値を高く評価してしまう「現在バイアス」として知られています。他にも、以下のような行動原理があります。
その他にも、以下のように非合理な意思決定の原因となる「バイアス」が多く知られています。
確実性効果 | 確実なものを強く好む効果 |
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損失回避 | 利得よりも損失を大きく感じ、損失を避ける方向に向かう |
現在バイアス | 現在の価値を高く評価し、将来の価値を低く見積もる |
社会的選好 (利他性・互恵性・不平等回避) |
自分自身の利得だけでなく、準拠集団の利得なども気にする傾向 |
サンクコストの誤謬 | 既にかかったコストのため、撤退できず継続してしまう傾向 |
バイアスは「人々が下す決定や判断に影響を与える思考の系統的な誤り」[1]として、一定の傾向で多くの人に共通してみられるものです。大切なことは、人には合理的ではなく、どちらかというと直観的に行動する傾向があることを知っておくことです。それを理解して、非合理性を前提に、より良い行動をしやすくなるようきっかけを作ることが重要です。
上のように数多くあるバイアスを理解した上で、逆に行動変容に活用する考え方があります。いくつか例を紹介しましょう。
その他にも、以下のような考え方が知られています[2]。
顕著性向上 | 特定の側面を顕著化して注意を引く |
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リマインダー | 行動を忘れないようにタイミングよく思い出させる |
社会的規範 | 前述の社会的選好を活用する |
社会的比較 | 周囲と比較する |
最後にナッジを効果的に使うための有効なフレームワークを紹介します。もっとも簡便でわかりやすいのは、「EAST」[3]です。英国の内閣府の元にできた、Behavioural Insights Team:BIT(通称ナッジユニット)が開発したもので、簡単(Easy)、魅力的(Attractive)、社会的(Social)、タイムリー(Timely)の頭文字です。何より対象者にとって「簡単=Easy」であることで、望ましい行動をデフォルトに設定し対象者にとって行動選択を容易にします。
また、対象者にとって何が「魅力的」で「社会的」かを考えることも重要です。インセンティブ(何かの利得が得られること)や、社会的規範を示すことは対象者の行動に影響を与える一つの例となります。
最後に「タイムリー」であるかも検討してください。対象者にとって受け入れやすいタイミングなどを考慮することが重要です。
その他にも、『MINDSPACE』『CAN』などいくつも使えるフレームワークがありますので、ご興味がある方は前回も紹介した、「ナッジを応用した健康づくりガイドブック」[4]や「”ソーシャルマーケティングを活用したがん検診の普及”の資材活用の手引き」[5]などもご覧ください。
(最終更新日:2024年03月26日)