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ナッジを効果的に使うためのポイント(バイアスとフレームワーク)

ナッジ手法の最大の特徴は、ついつい先延ばしにしてしまう(例︓夏休みの宿題など)、やらない方がよいのにやってしまう(例:喫煙)など、非合理ですが人間らしい私たちの行動の傾向(バイアス)を前提に行動変容のきっかけを提供することです。

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意外と「正しく=合理的に」行動できないこと(バイアス)を理解する

医療・健康領域でナッジが注目されている理由は、前提条件「合理性」にあります。相手に「正しい知識や情報を提供すれば、人は合理的に正しい行動を選択する」、という暗黙の人間観を医療・健康領域に関わる人は持ちがちです。しかし、実際には正しいとわかっていてもその通りに行動できないのが人間です。

食事制限をすると決めても、目の前においしい食べ物があったら、「食事制限は明日からにしよう」などと先延ばししてしまうことは誰もが思い当たることでしょう。これは食事制限で得られる将来の価値よりも、目の前においしい食べ物がある現在の価値を高く評価してしまう「現在バイアス」として知られています。他にも、以下のような行動原理があります。

  • 利用可能性ヒューリスティック:「手に入れやすい情報だけを用いて意思決定する」傾向のこと。例えば、飛行機事故は非常に稀ですが、メディアで頻繁に報道されることによって、その発生頻度が高いと誤って感じることがあります。その結果、飛行機事故の実際のリスクよりも高いと誤って評価し、それに基づいて意思決定を行うことがあります。

  • 現状維持バイアス:「現状の状態や選択肢を保持する」傾向のこと。例えば、株式投資においては、投資家が損失を被っている株の損切りを行って損失を確定させることができず、保持し損失がさらに拡大するリスクを負ってでも、現状を維持しようとすることもあります。

その他にも、以下のように非合理な意思決定の原因となる「バイアス」が多く知られています。

確実性効果 確実なものを強く好む効果
損失回避 利得よりも損失を大きく感じ、損失を避ける方向に向かう
現在バイアス 現在の価値を高く評価し、将来の価値を低く見積もる
社会的選好
(利他性・互恵性・不平等回避)
自分自身の利得だけでなく、準拠集団の利得なども気にする傾向
サンクコストの誤謬 既にかかったコストのため、撤退できず継続してしまう傾向

バイアスは「人々が下す決定や判断に影響を与える思考の系統的な誤り」[1]として、一定の傾向で多くの人に共通してみられるものです。大切なことは、人には合理的ではなく、どちらかというと直観的に行動する傾向があることを知っておくことです。それを理解して、非合理性を前提に、より良い行動をしやすくなるようきっかけを作ることが重要です。

ナッジを効果的に活用するための背景の理論・考え方

上のように数多くあるバイアスを理解した上で、逆に行動変容に活用する考え方があります。いくつか例を紹介しましょう。

  • フレーミング効果
    同じ内容であったとしても、伝え方が異なると受け取り方が変わり、意思決定が変わることを「フレーミング効果」といいます。例えば、食品における食塩相当量の表示において、「1gしか入っていない」ということと「1gも入っている」ということでは印象が変わってしまいます。伝え方により、健康行動につながる、もしくは逆につながらなくなってしまうこともあります。
  • コミットメント効果
    自らの意思や計画をあらかじめ「宣言」することによって、その実行がより容易になることを「コミットメント効果」といいます。例えば、運動を始めたいけれどもつい先延ばしにしてしまう人が、公に「毎週日曜日にジムに行く」と宣言することで、自分自身の言葉に責任を持とうとする心理が働きます。このような宣言は、周囲への公約としての役割を果たし、自己との約束を守るためのモチベーションを高めることができます(言動一致)。また、計画を見える場所に書き出すことも、その実行を促進する効果があります。
  • デフォルト設定
    人は始めから設定されている選択肢を変えないバイアス(現状維持バイアス)があることから、望ましい選択肢を初期設定にすることで選びやすくする、デフォルト設定があります。例えば、がん検診を受けるかどうかという選択肢を提示し、受けることを選択してもらう(オプトイン)のではなく、受けることを前提として、受けない人が受けないことを選択できる(オプトアウト)ようにします。

その他にも、以下のような考え方が知られています[2]

顕著性向上 特定の側面を顕著化して注意を引く
リマインダー 行動を忘れないようにタイミングよく思い出させる
社会的規範 前述の社会的選好を活用する
社会的比較 周囲と比較する

ナッジを漏れなく、効率的に活用するためのフレームワーク

最後にナッジを効果的に使うための有効なフレームワークを紹介します。もっとも簡便でわかりやすいのは、「EAST」[3]です。英国の内閣府の元にできた、Behavioural Insights Team:BIT(通称ナッジユニット)が開発したもので、簡単(Easy)、魅力的(Attractive)、社会的(Social)、タイムリー(Timely)の頭文字です。何より対象者にとって「簡単=Easy」であることで、望ましい行動をデフォルトに設定し対象者にとって行動選択を容易にします。
また、対象者にとって何が「魅力的」で「社会的」かを考えることも重要です。インセンティブ(何かの利得が得られること)や、社会的規範を示すことは対象者の行動に影響を与える一つの例となります。
最後に「タイムリー」であるかも検討してください。対象者にとって受け入れやすいタイミングなどを考慮することが重要です。



その他にも、『MINDSPACE』『CAN』などいくつも使えるフレームワークがありますので、ご興味がある方は前回も紹介した、「ナッジを応用した健康づくりガイドブック」[4]や「”ソーシャルマーケティングを活用したがん検診の普及”の資材活用の手引き」[5]などもご覧ください。

(最終更新日:2024年03月26日)

水野 篤

水野 篤 みずの あつし

聖路加国際病院 医療の質管理室 室長

2005年京都大学医学部卒業、2007年より聖路加国際病院。2017年よりQIセンター副センター長。2020年ペンシルバニア大学内科学講座客員准教授。2022年より聖路加国際病院医療の質管理室室長。専門は循環器、研究手法、医学教育、行動経済学。

参考文献

  1. ダニエル・カーネマン. ファスト&スロー(上). (早川書房, 2013)
  2. 経済協力開発機構(OECD). 行動インサイトBASICツールキット.(明石書店, 2021)
  3. Four Simple Ways to Apply EAST Framework to Behavioural Insights. The Behavioural Insights Team
    https://www.bi.team/publications/east-four-simple-ways-to-apply-behavioural-insights/(2014)
  4. 帝京大学大学院公衆衛生学研究科「ナッジを応用した健康づくりガイドブック公開のお知らせ」
    https://www.nudge-for-health.jp/2023/01/news197/
  5. 希望の虹プロジェクト「ソーシャルマーケティングを活用したがん検診の普及プロジェクト」
    https://rokproject.jp/kenshin/