近年は「禁煙」「節酒」「食生活」「身体活動」「適正体重の維持」の5つの改善可能な生活習慣に「感染」を加えた、6つの生活習慣に関しては心血管疾患予防のみならず「日本人のためのがん予防法(5+1)」として科学的根拠に根ざしたがん予防の観点でも認知されてきています[1]。心血管疾患および、がん予防において、改善可能な生活習慣はほとんどが重複すると考えられており、より一層全国民に生活習慣の改善が期待されています。しかし、求められることが多い⼀⽅、なかなか取組を始められない、続けられないといった課題に直⾯することが多々あります。次に、⾝体活動・運動、栄養・⾷⽣活(健康的な)、禁煙に関しては、例やその有効性を紹介・解説します。
まず、身体活動・運動に関しての研究結果を参考に介入を考える際に、注意するべき点は運動と一口にいっても幅が広い点です。
心血管疾患、特に冠動脈疾患予防のための運動としては、医療従事者からは通常「有酸素運動・中等度以上の強度を目標に、毎日30分以上(少なくとも週に3日)を行う」ことが強く推奨されます(生活習慣病の予防においても1日60分の歩行程度の身体活動が推奨されています)[2][3][4]。そこまでの運動はできない人においても、運動しないときも、「座ったままの状態はできるだけ避ける」といった基本的なことを緩やかに推奨するようになっています。
このような運動強度に関しては、中等度以上の身体活動、有酸素運動、座位行動(Sedentary behavior)などといわれるので、研究で有効性を考慮する際には注意してください。
具体的に身体活動を増やすということは、「階段昇降を増やす」「歩行時間を伸ばす」ことが想定されることが多く、座位行動を減らすということは、主に職場での行動として解釈されることが多く、「座らずに会議する」などが当てはまります[5]。研究では身体活動は自己申告となることも多く、近年ではウエアラブルデバイスなどで測定された歩数などを指標にすることも多くなってきました。では具体的にどのようなナッジが運動習慣を促進する効果があるのでしょうか?
もっとも基本的なものはフィードバック・モニタリングといわれるものです。非常にシンプルに自分の身体活動は自分でわかっているとはいえ、数値として知らされるだけで効果があります[6]。これは身体活動に限定されず、すべての行動変容の基本です。さらに、このフィードバック・モニタリングにもさらに工夫が可能です。
前ページで紹介した「フレーミング」「コミットメント」「社会的規範」などを加えて活用することで、ただ単純に客観的な数値を自分で意識するだけではなく、より効果的に身体活動の増加につながるとされています。
自らの目標や取組を宣言したり可視化することは、「コミットメント」と紹介しました。例えば、運動目標を設定することだけでも十分効果的なのですが(Goal settingとされます)、さらに「今週の目標歩数は、1日●●歩」と自ら目標設定するほうが、歩数は増えやすく運動習慣も定着しやすいといわれています[7]。
さらに習慣を定着させるためには、一人よりもチームで取り組むことも重要とされています。「皆が頑張っているから、自分も頑張ろう」といったピア効果・同調効果が作用することで、自然と運動を促進することができます。また、チーム制にも工夫を行うことが可能で、競争形式を活用するほうが歩数増加の継続効果が高いといった研究結果もあります[8]。
健康な食生活も非常に幅が広いです。日本においては、「日本人の食事摂取基準」等に基づいた栄養素・エネルギーを主体とした栄養指導の歴史の下での食事が推奨されています。
ここでは、研究毎に「健康的」と定義された食習慣を促進するナッジを紹介します。健康的な食習慣促進に関するナッジは、メタ解析によると3つのカテゴリー、7つに分類されています[9]。
認知:
①記述的な栄養表示・②評価的な栄養表示・③見やすさの強化
感情:
④健康的な食行動の要求・⑤快楽の強化
行動:
⑥利便性の強化・⑦大きさの改善
これらは「認知」→「感情」→「行動」と、より実効性の高い内容になるよう整理されており、「健康的なメニューをデフォルトに設定する」「ビュッフェで使用する食器の大きさを小さくする」等、直感的に行動変容を促すことができるナッジの効果がより大きいという結果でした。また、運動の時にも触れましたが、単独ではなく複数のナッジを組み合わせることで、より効果が高くなることも示されています(図2)[10]。
なお、この「認知」「感情」「行動」に関するカテゴリーの考え方は、食習慣のみでなく運動習慣の促進や禁煙など、様々な分野にも応用できる考え方だといえます。
カテゴリー | 分類 | 内容 |
---|---|---|
認知 | ①記述的な栄養表示 | 栄養成分表示 |
②評価的な栄養表示 | 信号表示(健康的なものは緑色、注意が必要なものは赤色)や健康的なマーク(例.5つ星表示、キーホール) | |
③見やすさの強化 | 健康的なものは目につきやすく、不健康なものは目立たせない(例.目の高さや手前に果物や無糖飲料などを並べる) | |
感情 | ④健康的な食行動の要求 | 口頭または書面にて情報提供する(例.「ランチにサラダを食べよう!」) |
⑤快楽の強化 | 商品や料理に魅力的な名前を付ける(例.五感に響く名前や産地・鮮度・限定など)、料理を盛り付ける容器やレイアウトを工夫して魅力的に陳列する(例.SNS映え) | |
行動 | ⑥利便性の強化 | より選びやすく、より食べやすく改良する(例.あらかじめ食べやすい大きさにカットして提供、健康的なメニューをデフォルトに設定、麺類には穴あきレンゲを添えるなど) |
⑦大きさの改善 | 健康的なオプションのほうを大きなサイズで提供する(⇔不健康な料理は、提供量を小さくする)、ビュッフェで使用する皿の大きさを小さくする |
最後に、効果を検証した研究ではなく実際の取り組み(一部は実証実験)についても紹介します。ナッジの理論を参考にしていくつもの企業・自治体を通じて生活習慣改善に向けた活動が行われています。ほぼ全ての市町村において、運動や食事、禁煙に関して積極的な施策が健康増進計画等に基づき行われています。
東京都足立区では、「あだちベジタベライフ」という健康対策を2013年から10年間続けています(図3)[11]。区内の飲食店やスーパー、コンビニ等、約800店舗以上が協力して、「ちょっと野菜を多めのメニューにする」「サラダを先に提供する」といったデフォルト化に取り組んでいます(上の図1・2では、「行動」のカテゴリーに分類されます)。
その結果として、野菜を食べること、野菜をひと口目から食べることが自然と習慣づけられ、区民の野菜を食べる人の割合が増加し、糖尿病医療費の適正化等の効果も表れています。
禁煙者は非禁煙者よりも「現在バイアス」が強いといわれているため(「禁煙」による将来の身体の健康より、「今すぐに一服したい」という目先の快楽を優先したくなる)、「禁煙しないと、20年後に肺がんリスクが高まる」といった指導はあまり効果が見込めないことが多いとされています。
そのような喫煙者の認知バイアスを踏まえた禁煙事業として「ドクター・ナースとスマホで禁煙」が取り組まれています[12]。この事業は12健康保険組合によるコンソーシアムにより実施され、EASTフレームに沿って様々なナッジが設計されています。ナッジを活用したポスター(図4)や、健康保険組合単位で禁煙率を競う「禁煙ダービー」等が実施され、参加者387人の87%が禁煙成功し、禁煙治療費により試算された医療費削減効果は約6.5億円という成果を示しました。
このような活動例は前回にも紹介した「ナッジを応用した 健康づくりガイドブック」にも数多く紹介されているので、ご活用ください[13]。
(最終更新日:2024年03月26日)