2018年10月に設置された「2040年を展望した社会保障・働き方改革本部」(本部長:厚生労働大臣)において「健康寿命延伸プラン」を策定するに当たり、健康寿命の現状や課題について整理を行う必要が生じました。そこで、厚生労働省は「健康寿命のあり方に関する有識者研究会」を立ち上げて健康寿命の定義や延伸目標などについて検討を行い、2019年3月に報告書をとりまとめました。
健康寿命の延伸を政策指標とするには、健康寿命がKPI(key Performance Indicator:重要業績評価指標)として機能することが求められます。すなわち、1)施策との対応・因果関係が明確であること、2)施策に対する感度が良いこと、3)速報性が高い(毎年算出できる)こと、4)測定方法の客観性が高いこと、等が必要です。
これまで、政策担当者からも「どのような施策を行えばどの程度健康寿命を延伸することができるのかわからない」という指摘がありました。そこで報告書では、このような観点から現状の健康寿命の課題について検討し、算出方法の見直しと延伸目標の提案を行いました。
「健康」とは非常に幅の広い概念であり、単に病気やけがなどの有無だけで判断することは不適切です。また、身体的(肉体的)には良好な状態であったとしても、精神的あるいは社会的に良好な状態でなければ、健康であるとはいえません。
我が国では、これまで3年ごとに実施される「国民生活基礎調査(大規模調査)」の健康票における質問をもとに算出した「日常生活に制限のない期間の平均」(及び「自分が健康であると自覚している期間の平均」)を健康寿命の指標(前者を主指標、後者を副指標)としてきました。これらの指標は、身体的要素だけでなく、精神的要素・社会的要素も包括的に表していると考えられることから、研究会では、「健康」の状態を表す指標としては、現在活用可能な健康寿命の指標の中で最も妥当である、と結論づけました。
また、指標の算出に用いられている設問は、1989年の国民生活基礎調査から設けられているため、現時点でも30年程度遡って算出することが可能です。そのため経時比較が行いやすいということも、これら現行の方法を維持することになった理由です。
ただし、これらの方法を継続することにより、健康寿命と各種施策との関係性が明らかではない点、速報性が低い点、等の課題が残されていました。
速報性の課題を解決する方法として、介護保険データを用いて算出する補完的指標を活用することを提案しました。「国民生活基礎調査(大規模調査)」は3年ごとに実施されるため、健康寿命を毎年算出することができません。
そこで補完的指標に求められる最も重要な要素は、「毎年・地域ごとに算出できること」です。報告書では、要介護2以上を「不健康」と定義することにより地域差の少ない、より客観的な「不健康な期間」を表すことができるとしています。「日常生活動作が自立している期間の平均」を活用することが最も妥当としています。
ただし、介護データは主に身体的要素(一部、精神的・社会的要素も含む)を反映していること、主に介護保険サービスの対象となる65歳以上のみが対象であること、「不健康な期間」が1~2年と大幅に短くなること等、指標としての課題があることを認識しておく必要があります。
研究会では、健康寿命の延伸目標として、「2016年から2040年までに健康寿命を3年以上延伸」を提案しています。これは平均寿命の延伸予測から逆算して平均寿命の延伸を上回る健康寿命の伸びを実現することを可能とするための目標値になります。
研究会の試算では、目標達成のためには、「不健康割合」を2016年と比較して2040年には男性は0.84倍、女性は0.88倍程度(全年齢階級において)まで減少させる必要があり、かなりチャレンジングな目標設定と言えます。ここでいう「不健康割合」は、「国民生活基礎調査(大規模調査)」の健康票における「あなたは現在、健康上の問題で日常生活に何か影響がありますか」という質問に対する、「ある」という回答の割合です(ほとんどの年齢階級で、女性のほうが男性よりも高くなっています)。
今後2040年に向けて全人口に占める比率が増していく高齢者、そして後期高齢者の多数を占める女性の「不健康割合」の低下が、目標達成に向けたカギとなるといえます。しかし、これまでにも述べてきたように、健康寿命の規定要因についての分析は未だ十分とは言えず、現時点では、「何をすれば何年健康寿命が延伸するのか」という問いに対して明確に答えることはできません。
今後一層の要因分析を進め、死亡率と「不健康割合」の低下につながる効果的な施策を検討・実行していくことで、健康寿命の延伸目標を達成していくことが望まれます。
(最終更新日:2022年01月11日)