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たばこ史概略

たばこは本来南米に自生するナス科の植物で、15世紀コロンブスの“新大陸”発見以降、ヨーロッパへたばこと喫煙習慣がもたらされていきました。
社会的に問題になるのは、紙巻たばこの大量生産・消費の時代以降と言えます。20世紀半ばには喫煙とがんをはじめ健康影響が指摘され、20世紀末にはアメリカでのたばこ訴訟の流れなど世界的に状況は急展開を見せ、2005年にはWHOによるたばこ規制枠組条約が発効し、現在まさに国際協調のもとでたばこ対策が進められているところです。

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たばこはもともと南米に自生するナス科の植物です。たばこに含まれるニコチンは、葉っぱが虫などにかじられると合成される虫よけのような作用をもつ物質です。

習慣としてのたばこは、南米で原住民らが儀式などの際に使っていたものでした。15世紀コロンブスが“新大陸”を発見した際、ヨーロッパはたばこと出会ったことになります。ヨーロッパとアメリカ大陸との行き来の中で、ヨーロッパへたばこと喫煙習慣がもたらされていきました。

喫煙はヨーロッパに持ち込まれた当初から、体に悪い・野蛮といった批判を受けその使用について議論がありました。フランス公使のニコは自ら栽培していたたばこを用いて貴族に供したところ、頭痛が治ったということで喜ばれたといった話がありますが、このニコの名前が「ニコチン」に由来しています。

ヨーロッパに持ち込まれてからのたばこには、生物学の研究とも関わりがありました。
喫煙は特に末梢循環に影響を及ぼすことからその作用が注目されていましたが、神経の細胞への作用について、細胞の表面にはなにかニコチンなどの「毒」である信号を受け取る物質がある、という仮説がラングレー(John Newport Langley)によって提示されました。これが現在の「ニコチン様レセプター」であり、受容体という概念のはじまりでもあります。ほか、濾過をしても伝染する病原体として初めて単離された、今でいうところのウイルスは、たばこの葉にモザイク状の斑点をつくる「タバコモザイクウイルス」でした。

なお、日本にたばこが持ち込まれたのは16世紀江戸時代で、長崎・鹿児島などの説がありますが、たばこがはじめて栽培されたのは長崎市の教会(現在は石碑のみ)と言われています。それらの時期のたばこは、キセルやパイプなどに刻んだたばこを乗せて吸うものなどが主流で、道具を含め一部の人の習慣という色合いの強いものだったようです。

しかし19世紀末から20世紀はじめ、機械化や工業化ひいては都市化が進み、大きな戦争も起こり始めて世界的に社会の様相が変わっていく中で、紙巻たばこの大量生産・消費の時代が始まります。日本は明治時代になったところで紙巻たばこの流行がはじまり、未成年には吸わせてはいけないという法律が施行されました。また日清・日露戦争の国費の膨大化からも必要に迫られた当時の政府が、葉たばこ耕作から製品販売までの完全専売化を始めることになります。

20世紀半ばには喫煙とがんとの関連を指摘する論文が増え、特に1960年代には総合的に喫煙の健康影響を評価する総括報告書もイギリスやアメリカで公表され始めました。その後、WHOや市民団体などによる活動も盛んになり、また我が国では喫煙者のマナーの悪さもあって、喫煙問題の認知度が上がっていきました。

20世紀末には、WHOにおいてたばこの規制に関する国際条約の制定についての議論が始まりました。その傍らでアメリカではたばこ訴訟の第三の波といわれる時期になり、それまであまたの訴訟を受けても1セントたりとも払ったことがないといわれたたばこ企業が、裁判所では各会社のCEOが知らないと宣誓していたものの、内部告発によってニコチンの依存性を知っていながら製品開発を進めていたことなどが明るみに出て、連邦政府との和解へと至ったという流れがありました。このように状況が急展開を見せたのが20世紀から21世紀にかけての時代です。
その後2005年にはWHOによるたばこ規制枠組条約も発効し、現在その締約国による会議に基づいた国際協調のもとで、たばこ対策が進められるところだと言えます。