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口腔機能の健康への影響

口腔は食事や会話、容姿といった人と人とのつながりや言語、非言語的コミュニケーションに欠かすことができない重要な役割を担っています。口腔機能が低下すると食べられる食物の種類や量が制限されるので、栄養のバランスがとりにくくなり、食事の質が悪くなるため、免疫や代謝といった機能の低下から病気にかかりやすく、治癒しにくくなります。

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口腔機能の低下と栄養

口腔機能は捕食(食べ物を口に取り込むこと)、咀嚼、食塊の形成と移送、嚥下、構音、味覚、触覚、唾液の分泌などに関わり、人が社会のなかで健康な生活を営むための必要な基本的機能です。日本の高齢者では口腔機能が低下するとビタミン・ミネラル・たんぱく質・食物繊維といった栄養素、肉・魚介類・野菜・果物といった食品の摂取が減少し、反対に炭水化物・穀類・菓子類・砂糖・塩などの調味料の摂取割合が増えるという報告があります[1]。つまり、口腔機能の低下によって食事のバランスが悪くなり、運動機能や生理機能を正常に保つことが困難になるだけでなく、糖尿病や高血圧といった生活習慣病の発症や重症化のリスクが高くなると推察されています[2]。さらに口腔機能が低下すると、食事の量も減少し、バランスがさらに悪化するだけでなく、体重や筋量を維持することも困難になってきます。

口腔機能の低下と寝たきり・認知機能の低下の関係

口腔機能の低下によって食事や会話に支障をきたすと、対人関係に困難を感じるようになり、外出や外食をしなくなったりして、社会とのつながりが減少していきます。また、口腔機能の低下によって口の周りの筋肉が少なくなり動きも悪くなると、容姿や表情が損なわれ、言語的・非言語的コミュニケーション能力が低下します。すると人とのつながりを良好に保つことが困難になり、閉じこもりがちになったり、買い物や交通機関の利用などといった知的能力を必要とする活動も減少し、身体的・精神的にも活動が不活発になり、寝たきりや認知機能低下のリスクが増加することになります。

実際、日本の地域在住高齢者約2,000人を対象に行われた大規模コホート調査(柏スタディ)によって、口腔機能が低下している(オーラルフレイル※1)者は、低下していない者と比較して、身体的フレイル※2サルコペニア、要介護状態、死亡の新規発生リスクがそれぞれ2倍以上高いという報告がなされています[3]。これらの結果は全身のフレイルや身体能力の低下に先立って口腔機能の低下が生じていることを示唆しているだけでなく、フレイル、サルコペニア、要介護状態、死へと進行していくなかでも、口腔機能の低下が影響している可能性を示唆しています。

 

※1 オーラルフレイル:老化に伴う様々な口腔の状態(歯数・口腔衛生・口腔機能など)の変化に、口腔の健康への関心の低下や心身の予備能力低下も重なり、口腔の脆弱性が増加し、食べる機能障害へ陥り、さらにはフレイルに影響を与え、心身の機能低下にまでつながる一連の現象および過程。柏スタディでは歯の数の減少、咀嚼機能の低下、舌の力の減少、舌の動きの低下、硬いものが食べにくくなったとの自覚の有無、お茶や汁物でむせるようになったという自覚の有無の6項目のうち、3項目以上に該当したものをオーラルフレイルと判定した。

※2 フレイル:加齢により心身が老い衰えた状態のこと。フレイルは、早期に適切な対応を行えば元の健康な状態に戻れる状態。 高齢者のフレイルは、生活の質を落とすだけでなく、さまざまな合併症も引き起こし、機能低下や死亡する危険性が高いことが明らかになっている。

口腔機能と健康との関係は

口腔機能が低下すると食欲も低下し、栄養が偏り不足するようになります。その結果、筋量や筋力が減少し、免疫、代謝といった機能も低下します。筋力が落ちると運動機能が低下し、不活発な生活となり、代謝も低下するため、食欲がいっそう低下し、さらに栄養が偏り不足していくといった悪循環が生じます。また免疫機能が低下すると様々な病気にかかりやすくなります。特に高齢者では肺炎などの感染症を繰り返し、寝たきりになることもあります。

病気やけが以外に、健康な生活を損なう要因として気を付けなければならないのは、社会参加の機会が減少することです。楽しく食事をしたり、コミュニケーションをはかったりするためには口腔機能を維持することが不可欠です。食事や会話に支障をきたすと、外出や人との付き合いを避けるようになり、閉じこもりがちになります。不活発な生活が長く続くと、体力とともに意欲も低下し、うつ傾向や認知機能の低下にもつながります[4][5]。認知症や脳血管障害といった大きな病気にならずに、徐々に要介護状態に陥っていく原因のほとんどが不活発な生活習慣であるという調査結果も報告されています。

「食べる」「話す」といった機能は毎日使うもので、その低下を本人が気づくことはとても難しいことです。外出や外食、他者との交流を積極的に行って、まず高齢者本人が意識的にそれらの機能を使い、その変化に注視すること、お互いに口腔機能の低下や容姿の変化を確認し注意しあうことが重要です。

このように高齢者が身体的、精神的、さらには社会的にも健康な生活を送るためには、口腔機能を維持することが大切なのです。

(最終更新日:2021年4月23日)

渡邊 裕

渡邊 裕 わたなべ ゆたか

北海道大学 大学院歯学研究院 口腔健康科学分野 准教授

1994年北海道大学歯学部卒業。94年東京都老人医療センター歯科口腔外科医員、95年東京歯科大学口腔外科学第一講座入局、97年同オーラルメディシン講座助手、2001年ドイツ フィリップス・マールブルグ大学歯学部研究員兼任、07年東京歯科大学オーラルメディシン・口腔外科学講座講師、12年国立長寿医療研究センター口腔疾患研究部口腔感染制御研究室長、16年東京都健康長寿医療センター研究所社会科学系副部長、19年より現職。東洋大学客員教授、昭和大学歯学部兼任講師、東京歯科大学非常勤講師、国立長寿医療研究センター客員研究員、東京都健康長寿医療センター非常勤研究員。

参考文献

  1. Iwasaki M, Yoshihara A, Ogawa H, Sato M, Muramatsu K, Watanabe R, Ansai T, Miyazaki H.
    Longitudinal association of dentition status with dietary intake in Japanese adults aged 75 to 80 years.
    J Oral Rehabil. 2016 Oct;43(10):737-44.
  2. 深井穫博 編.
    健康長寿のための口腔保健と栄養をむすぶエビデンスブック.
    医歯薬出版 東京 2019年.
  3. Tanaka T, Takahashi K, Hirano H, Kikutani T, Watanabe Y, Ohara Y, Furuya H, Tsuji T, Akishita M, Iijima K.
    Oral Frailty as a Risk Factor for Physical Frailty and Mortality in Community-Dwelling Elderly.
    J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2018 Nov 10;73(12):1661-1667.
  4. Watanabe Y, Arai H, Hirano H, Morishita S, Ohara Y, Edahiro A, Murakami M, Shimada H, Kikutani T, Suzuki T.
    Oral function as an indexing parameter for mild cognitive impairment in older adults.
    Geriatr Gerontol Int. 2018 May;18(5):790-798.
  5. Kikutani T, Yoneyama T, Nishiwaki K et al.
    Effect of oral care on cognitive function in patients with dementia.
    Geriatr Gerontol Int. 2010 Oct;10(4):327-328.