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わが国の自殺の問題の概要(総論)

わが国の自殺対策は1998年の自殺の急増を受けて社会的取り組みとして行うことが認識され、国が制定した自殺対策基本法(2006年)に基づき、国、地方自治体、その他の関係者が協働して対策にあたることになりました。2017年の第3次自殺総合対策大綱では、地域自殺対策計画の策定に基づく地域ごとの自殺総合対策を実施することになりました。2020年のCOVID-19パンデミック下では自殺者数の増加が認められ、子ども・若者や女性の自殺対策の重要性が強調されるようになりました。

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わが国における自殺問題

わが国の自殺問題が社会的に問題になったのは、1998年に自殺者数が急増したことが契機となっています。警察庁統計による自殺者数が、1998年に前年と比べて8,472人増加して32,863人となったのです。この自殺の急増は当時の雇用経済環境の悪化の影響によるものであることが明らかにされており、自殺は個人の問題ではなく社会として取り組むべき課題として認識されるようになりました[1][2]

地域自殺対策の先駆的取り組みとしては、秋田県の事例を挙げることができます。秋田県は、自殺率が高いことから2004年4月に施行した「秋田県健康づくり推進条例」の中に自殺予防対策の体制整備を地方自治体として明文化しました。そして、官民学が連携した地域レベルの活動の強化による市町村の介入モデル事業で、自殺率を3年間で47%減少させるという成果が得られたのです。

2006年に自殺対策基本法が成立し、自殺対策を社会的取り組みとして進めていく国の制度的枠組みができました。2007年には自殺対策の具体的施策を提示した「自殺総合対策大綱(以下、大綱)」が公表されて、国、地方自治体、その他の関係者の役割が示され、自殺対策の数値目標(2016年までに2005年と比べて自殺死亡率を20%以上減少させる)も示されました。2017年に改訂された第3次大綱では、地域自殺対策の具体的強化策として国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所・自殺総合対策推進センターが開発した「地域自殺対策政策パッケージ」と「地域自殺実態プロフィール」がすべての都道府県及び基礎自治体に配布され、各自治体の自殺統計データ分析に基づく細かい対策の立案とPDCAサイクルの推進が可能となりました。

日本の自殺率は国際比較で見れば、先進7カ国(G7)で高い水準にあり、2019年では自殺率(総数)は最も高くなっています(人口10万対15.7)。また、若年層(10~19歳及び20~29歳)の死因順位の第1位が「自殺」となっているのは日本のみでした。2022年の自殺者数(人口10万対自殺率)は、警察庁の統計によれば、21,881人(17.5)、男性14,746人(24.3)、女性7,135人(11.1)でした。2021年と比べて874人(4.2%)の増加でした[1][2]

年齢階級別に見ると、「40~49歳」「50~59歳」及び「60~69歳」の自殺者数が多く、40歳以上の自殺者総数は16,007人(総数の73.2%)と最も多くなっています[2]。中高年の自殺問題は、公衆衛生学の寄与危険の観点から言えば、現在の日本で今なお最も重視すべき課題であることに変わりはありません。

コロナ禍の自殺への影響

そのような認識を踏まえた上で、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)パンデミック下(以下、コロナ禍)で増加した若年層や女性の自殺問題を新たな課題として取り上げる必要があります。地域自殺対策政策パッケージはすべての世代を対象にしていますが、都市部と農村部ではターゲットとすべき年代が異なっており、地域の実情に応じた自殺対策の推進を図ることが重要です(詳細は、自殺対策(総論)を参照)。

2020年春以降のコロナ禍の自殺への影響については、その影響の評価を科学的に厳密に行うことが必要です。2020年のパンデミック初期に自殺者は減少傾向を示し、パンデミック開始4カ月後から自殺者数は増加傾向を示しました。大災害に相当するパンデミック初期に自殺者数が減少したことは、パンデミック初期の社会的不安の急激な醸成と関連していることが示唆されています。

その後自殺者数が増加したのは、雇用情勢悪化の影響が、とりわけ非正規雇用の女性労働者に影響した可能性が指摘されています[3]。また、コロナ禍で社会の行動制限により社会的接触が減少すると、精神的ストレスが高まり自殺者数が増加するのではないかと心配する声が上がりましたが、社会的行動制限により社会全体として活動量が減少したことは自殺者数の減少と有意に関連していることが報告されています[4]。このような自殺者の減少は多くの人が漠然と肯定しがちな「行動制限により精神的ストレスが高まり自殺者数が増加する」という仮説は妥当ではないということを示唆しています。

雇用情勢の悪化と自殺率の関係については、失業率と自殺率が強い相関を有することは従来から自殺学の常識であったものの、コロナ禍においてはパンデミック初期の非正規雇用就業者数の急激な減少が女性の自殺者数増加と関連していることが明らかになりました[5]。これらの知見を踏まえて、2022年の第4次大綱では、妊産婦への支援、コロナ禍で顕在化した課題を踏まえた女性の自殺対策が「当面の重点施策」として強化されました。また、子ども・若者の自殺対策の更なる推進・強化も第4次大綱での重点項目とされました。

日本の自殺対策は世界的に見て、法令に基づき、地域自殺対策計画等の地方自治体の関与を明確にした先進的な対策ということができます。国際的に見れば、WHOは科学的エビデンスに基づく対策の推進を進めており、日本においても科学的エビデンスに基づく対策の推進が求められています。地域自殺対策政策パッケージに基づく政策評価を科学的・系統的に行うことがとりわけ重要であり、日本の自殺対策を世界水準とするためにも喫緊の課題として取り組む必要があります。

(最終更新日:2024年01月05日)

本橋 豊

本橋 豊 もとはし ゆたか

東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 非常勤講師

1980年東京医科歯科大学医学部卒業。1984年東京医科歯科大学院医学研究科衛生学専攻修了。医師、医学博士。日本公衆衛生学会認定専門家。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野非常勤講師。2016年より国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所自殺総合対策推進センター長。現在、東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野非常勤講師、国立精神・神経医療研究センター客員研究員。

参考文献

  1. 厚生労働省
    令和5年度版自殺対策白書
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/jisatsuhakusyo2023.html
  2. 警察庁
    令和4年中における自殺の状況
    https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R05/R4jisatsunojoukyou.pdf
  3. 本橋豊、木津喜雅.
    ポスト・コロナ時代の自殺対策.
    公衆衛生, 85(3), 130-137, 2021.
  4. 本橋豊、木津喜雅、吉野さやか.
    コロナ禍における自殺対策・メンタルヘルス対策.
    月刊公衆衛生情報2021年7月号, 4-5.
  5. 本橋豊、金子善博.
    COVID-19とメンタルヘルス〜女性・若者・高齢者のメンタルヘルスおよび職場のメンタルヘルスへの影響.
    精神医学, 65(3), 347-353, 2023.