e-ヘルスネットは、健康情報の専門家と、掲載コンテンツ10分野それぞれの専門家である「情報評価委員」10名の指示や承認のもと、情報提供を行っています。このたび、情報評価委員の先生方から、ご専門の内容やe-ヘルスネットに対する思いなどを聞かせていただくこととしました。
第1回として登場してくださるのは、2007年の創成期から長きにわたりe-ヘルスネットにご尽力くださり、座長も務めてくださっている中山健夫先生です。
私が専門とするのは、「健康情報学」です。この分野は、実はまだ確立されておらず、全国の大学にも健康情報学という教室はほとんどありません。
「生・老・病・死」――私たちはこの世に生を受け、生きて、老いて、病気になり、人生を終えていきます。その中で、さまざまな意思決定を行っています。そして、納得のいく人生を生きることと、それぞれの場面での意思決定は大きく関わってきます。健康情報学とは、一言でいうと「生・老・病・死に向き合うとき、人を支え、力づけられるような情報・コミュニケーションのあり方を問う」もの。 私はパブリックヘルス(公衆衛生)を専門とする医師の立場から、私たちが生きていく上で必要な情報とは何かを問いたいと考えています。
かつて、医療上の意思決定というのは医療者が行い、患者さんはそれに従ってきました。日本でも1990年くらいから広まってきた「インフォームド・コンセント(informed consent;説明と同意)」とは、病気の診断後、医療者が専門知識をもとに「あなたの病気はこういうものです。その場合には、こういう治療がよいです」と説明し、患者さんの同意を求めるものです。
近年、さらにその議論が進んだ「シェアード・ディシジョン・メイキング(Shared decision making)」という言葉が世界的に注目されています。これは、まだ日本語訳が決まっていない言葉で、私は仮に「共有意思決定」と訳していますが、「協働的意思決定」と言う人もいます。つまり、患者さんと医療者が協力して意思決定する、というものです。
特にがんなどの大きな病気になったとき、手術をするかしないか、化学療法をするか、どの薬を選ぶかなど、治療法にはさまざまな選択肢があります。この数十年、医学が著しく進歩したことは間違いありません。以前であれば命を脅かしていた病気が、いくつも治療可能となりました。しかしそのように進歩した医学でも、いまだによい治療がない病気も少なくありません。「さまざまな選択肢」というとよく聞こえますが、実は、本当は何がよいのかわかってはおらず、いろいろ試した結果、見かけだけ選択肢がたくさんある、という状況も多いのです。
例えば乳がんは、昔は拡大手術(乳房を大きく切り取る手術)が主流でした。しかしその後、乳房温存手術(乳房を部分的に残す手術)と拡大手術では5年後、10年後の生存率が変わらないことがわかってきました。どちらを選んでも問題ないとも言えますが、どちらが本当によいのかはっきりしないということです。
そうなると、患者さん自身の価値観で、どちらを選ぶかが大切になります。乳房を残せる温存手術を選ぶ患者さんが多くなったとはいえ、乳房温存手術では「がんが取り切れず残る」という風に感じる患者さんもいます。また、最近では拡大手術で乳房を失っても、きれいに再建できることも増えていますから、一層どちらを選べばよいか悩む患者さんが多くなっています。
さらに、早期の前立腺がんの場合だと、手術・抗がん剤・ホルモン療法・放射線療法・待機療法(経過観察)…と治療法が5つもあります。先ほどもお話ししたように、医療の場で選択肢が多いことは、必ずしも望ましいことではありません。最適な治療法が定まっていない、専門的にいうと、「不確実性が高い」状況なのです。
そこで、それぞれの治療法について医療者の考えるメリット・デメリットと、患者さんの考えるメリット・デメリットの両方を勘案して、患者さんと医療者が一緒に意思決定をしようというのが、シェアード・ディシジョン・メイキングです。しかし、多くの患者さんはそのような意思決定の状況に対して準備ができていませんから、それを支えようとしているのが、私たちの取り組みの一つです。
私たちは患者さんに対し、それぞれの治療法について、今ある情報を「益・害・コスト」の3つの視点で整理して伝えるようにしています。つまり、どれくらいの効果(益)があり、どんな副作用や入院・通院の負担(害)があるのか、いくらかかるのか(コスト)、ということです。
シェアード・ディシジョン・メイキングは、がんなどの重い病気のときだけでなく、日常の診療の中で行われる場面もあります。生活習慣病でいえば、悪玉コレステロール値が高いが、薬を飲むか、飲まずに生活習慣の改善で済ませるかといった場合です。すぐに命を落とす危険が高いわけではありませんが、どちらを選ぶかによって益・害・コストが異なるため、患者さんの価値観や希望を聞き、意思決定を共有することが大切になります。
シェアード・ディシジョン・メイキングが注目されるようになって、患者さんが尊重されるという意味ではよい時代なのですが、一方で、患者さん自身もいろいろな情報に向き合わなければいけない、大変な時代になりつつあるとも言えるでしょう。近年、「情報リテラシー」という言葉がよく聞かれるようになってきましたが、患者さんが得ている情報は限られた、そして偏ったものであることが少なくありません。時には、しっかりした情報源から確かな情報が出ているのに、あえて、そういったものを避けて、インターネット上で探して、誰が発信したか定かでない情報のほうを信じ込んでしまう人もいます。
よい情報、正しい情報とはどんな情報だと思われるでしょうか? 世の中の多くの人は、間違った情報はいわゆるフェイクニュースのようなもので、専門家が書いていれば正しい情報だと思ってしまいがちです。しかし、残念ながら医療者監修の記事というだけでは信頼できません。
情報を見極めるには、その情報がどれくらい信じられるか、情報の落とし穴に注意が必要です。専門的にはバイアス(偏り)の有無に気づくことがその一つなのですが、これは少し難しいため、インターネット情報の信頼性のチェックポイントと、情報への向き合い方について簡単にお教えします。
まずは、URLのドメインがどこのものか見てみてください。例えば、e-ヘルスネットは後ろに「mhlw.go.jp」がついていますね。mhlwは厚生労働省の英語の略称です。まず、そのような官公庁や自治体などの公的機関が出している情報をご覧ください。
また、何かが効果的であるといった、「益」を伝える情報にはすぐ飛びつかず、気をつけて見ることが大切です。副作用などの「害」の情報も出所がはっきりしていない場合は鵜呑みにはできませんが、家族や自分が飲んでいる薬などの情報は、公的な組織からのものであれば、注意深くチェックして、主治医や薬剤師と相談するなど、少し早めに行動をとることがよいでしょう。
私はe-ヘルスネットには、創成期の2007年から情報評価委員として関わってきました。このサイトは、2008年に始まった特定健康診査(以降、特定健診)・特定保健指導に合わせて、保健師さんなどの専門職に使ってもらうものとして開設されました。しかし、2013年ごろになるとe-ヘルスネット以外にも情報ツールやノウハウが揃ってきたので、e-ヘルスネットは特定健診のメイン以外の分野にも裾野を広げていくことになりました。例えば、睡眠障害や歯科口腔の分野は近年、特定健診の場でも重要視されるようになってきましたが、それらを政策的な動きよりも一歩先んじて取り入れていたのです。
現在のe-ヘルスネットは、生活習慣病などの身近な病気の情報を幅広く提供することで、一般の人に、自身の健康や病気について考えてもらうための大切なインターフェースといえます。アクセス解析結果を見ると、思った以上に多くの方々が閲覧してくださっていて、情報評価委員一同本当にやりがいを感じています。特に、2018年度からは大幅に掲載内容の改訂を進めており、関係者がみな一層意識を高めているところです。
今年度は、各執筆者の先生を「情報専門委員」と任命し、情報提供に対するモチベーションをもっと高めてもらえるような取り組みを始めました。また、この情報評価委員インタビューでは、サイトを見てくださっている皆さんに「e-ヘルスネットの情報を、どんなメンバーがどんな顔をして作っているのか」が少しでも伝わり、もっと身近に感じてもらえれば幸いです。
私はe-ヘルスネット以外にも、3つのサイトの運営にかかわっています。そのひとつが、厚生労働省委託事業で日本医療機能評価機構が運営している「Mindsガイドラインライブラリ」で、今から18年前に立ち上がりました。これは、各病気の診療ガイドラインを収集して掲載しているサイトです。医療者や臨床系の学会、患者グループなどと連携し、各病気の新しい治療法の情報を適切に評価して、よい診療ガイドラインを広く公開する取り組みを進めています。
次も厚生労働省委託事業になりますが、「『統合医療』情報発信サイト」、通称「eJIM(イージム)」です。「統合医療」とは、かつて相反するものとされていた西洋医学と伝統的な医療-いわゆる民間療法も含みます-について、双方のよいところを取り入れて活用しようという概念です。ただ、このような統合医療の情報は本当に玉石混交です。このサイトでは、統合医療について信頼できる正しい情報を、一般の方や医療者などの専門家に向けて紹介しています。
そしてもうひとつが、国立がん研究センターがん対策情報センターの「がん情報サービス」です。以前、がん患者さんには、どの治療法がよいのかわからず医療機関を転々としたり、医師によって異なる治療方針に惑わされ、高額で効果の不明な民間療法に頼ってしまうような「がん難民」が多く、問題となっていました。そこで、このサイトでは、がん患者さんやご家族などの道しるべとなるよう、がんの詳細や治療法などの正しい情報を伝えるお手伝いをしています。
e-ヘルスネットも、がん情報サービスも、コンテンツが膨大になり、最新の情報を提供しきれていないという問題があります。多くの人が求める「新しい治療」というものが、本当によい治療かどうかはわからないのも事実です。最先端、最新の治療法等といわれると飛びついてしまいがちですが、その治療法の益が害を上回っているかどうかは、長期的な経過を見ないとわかりません。
がん治療では「標準治療」という言葉があります。多くの方々が、「標準治療」より「最新・最先端治療」の方が優れていると思ってしまうかもしれませんが、「最新・最先端治療」は、まだ益も害もはっきりしていない実験中の治療法という意味です。「標準治療」の方が、今、確立している最良の治療法なのです。がんのような病気を患うと、いろいろな不安な気持ちが出てくるのは当然です。だからこそ、響きのよい言葉に惑わされず、主治医はじめ医療者のチームの方々と相談して、今わかっているよい治療を選んでいただければと思います。
治療法は新しいほうがよい、というわけではないことをお話ししました。一方、治療法の情報それ自体はどんどん古くなっていきます。「この治療がベストだ」という情報があったとして、その情報が10年前のものであったら、意味がないですね。
情報を見分けるポイントの一つは、それがいつの情報か、情報の日付をチェックする習慣をつけることです。世の中には日付のついていない情報が多すぎます。コンビニエンスストアで食べ物を買うときに、多くの方が賞味期限をチェックすると思います。同じように情報の賞味期限にも気をつけていただければと思います。よい情報は私たちの意思決定の手助けとして本当に大切ですが、情報は鵜呑みにしないようにしなくてはいけません。「いつ、誰が、誰に向けて、何のために」この情報を出しているのだろう、とちょっと立ち止まってみてください。
特に保健師さんや患者さんと接する専門家であれば、e-ヘルスネットすら鵜呑みにせず、「本当にそうなのかな」と1割くらい疑う姿勢で利用していただけるとよいですね(笑)。
中山 健夫(なかやま たけお)
京都大学大学院医学研究科 社会健康医学系専攻 健康情報学分野 教授
担当カテゴリ: 健康情報・座長
1987年東京医科歯科大学医学部卒。国立がんセンター研究所がん情報研究部室長などを経て、2000年より京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻助教授、2006年より同教授(健康情報学)、2016~2019年同専攻長・医学研究科副研究科長。2018~19年度厚生労働科学研究「地域医療基盤開発推進研究事業・診療ガイドラインの今後の整備の方向性についての研究(指定課題)」代表研究者、厚生労働省費用対効果評価専門組織委員。
(最終更新日:2019年12月27日)