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いまなぜたばこなのか?

WHOによる条約制定の議論と、アメリカでのたばこ訴訟における転回などいくつかの大きな動きが重なって、たばこ規制をめぐる状況は20世紀から21世紀にかけて急展開を見せ、たばこの規制に関する世界保健機構枠組条約(たばこ規制枠組条約)は2001年の世界保健総会で条約が可決し、締約国の参加をもって、2003年に発効しました。

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「たばこ」というと私たちは、紙巻たばこをイメージしますが、19世紀末から20世紀初頭に機械化や工業化ひいては都市化が進み、大きな戦争も起こり始めて世界的に社会の様相が変わっていく中で、紙巻たばこの大量生産・消費の時代が始まったのです。ちょうど日本は明治時代になったところで、紙巻たばこの流行がはじまり、未成年者喫煙禁止法やたばこの完全専売制が始まった時でした。

20世紀半ばには喫煙とがんとの関連を指摘する論文が増え、特に1960年代には総合的に喫煙の健康影響を評価する総括報告書もイギリスやアメリカで公表され始めました。特に1964年の米国の公衆衛生総監による報告はたばこ対策の歴史上転換点とも言われています。その後数十年、日本を含めこうした総括報告が公表されつづけていますが、喫煙そのもの(能動喫煙)については2004年、受動喫煙については2006年、この公衆衛生総監報告が更新され、大量に公表される喫煙に関する研究の客観的なまとめがなされています。また国際機関においてもこうした評価は何度か行われており、WHOの下部機関である、国際がん研究機関(IARC)において、ヒトへの発がん性の評価の一環として、喫煙と受動喫煙とが2004年に公表されましたが、その結果アスベストや放射線と同様の「グループ1:ヒトへの発がん性あり」との判定がなされています。

また20世紀末には、WHOにおいてたばこの規制に関する国際条約の制定についての議論が始まりました。その傍らでアメリカではたばこ訴訟の第三の波といわれる時期になって、それまであまたの訴訟を受けても1セントたりとも払ったことがないといわれたたばこ企業が、裁判所では各会社のCEOが知らないと宣誓していたものの、内部告発によってニコチンの依存性を知っていながら製品開発を進めていたことなどが明るみに出て、連邦政府との和解へと至ったという流れがありました。またこの訴訟の過程で明るみにでたたばこ企業の内部文書について、公衆衛生に役立てるためにもデータベースとして利用に供するように、と当時のクリントン大統領の指令で文書データベースがCDCなどから公開されました。たばこ企業の研究開発のみならず、国際的企業であるたばこ産業のマーケティング戦略、またたばこ規制の流れへの対応などについて、検討する素材が提供されたことで分析も多く行われています。たばこ消費は先進国ではすでに減少を続けてひさしいですが、未成年者や途上国へと販売対象の中心を移しつつあったことなどがうかがえます。

このようにWHOによる条約制定の議論と、アメリカでのたばこ訴訟における転回などいくつかの大きな動きが重なって、たばこ規制をめぐる状況は20世紀から21世紀にかけて急展開を見せ、たばこの規制に関する世界保健機構枠組条約(たばこ規制枠組条約)は2001年の世界保健総会で条約が可決し、締約国の参加をもって2003年に発効しました。
日本は2001年に批准し、たばこパッケージ上の健康注意表示のサイズや内容を変えるなどの対応が行われています。ただし写真による注意表示の導入や諸外国では重視される不法取引への対応など、国内の状況に鑑みていまひとつ認知されにくい課題も残っている一方で、自動販売機などほぼ日本独自の状況といっても過言でない問題もあり、たばこ規制枠組条約そのものの認知や対応についての問題意識が高まりにくいことが課題のひとつでもあります。