持久的能力や筋力といった身体能力には、一部に遺伝的要因が関与していることが明らかとなっています。近年ではどのような遺伝子における違い(多型)が関与しているかが研究されており、今後遺伝子タイプによる種目の選択や、個人に適したトレーニング方法が提供できるようになるかもしれません。
1991年にエリスロポエチン受容体と呼ばれる遺伝子に変異がある家族性赤血球増加症を呈する家族についての研究が報告されました[1]。このとき偶然にも、この疾患の家系における発端者は高いヘモグロビン値や赤血球数を示すもののすこぶる健康であり、さらには冬季オリンピックのクロスカントリー競技において3回のゴールドメダリストで、世界選手権においても2回の優勝を飾っている選手だったことがわかりました。おそらく、クロスカントリーという種目が要求する高い持久的能力に、彼の高いヘモグロビン値や赤血球数から来る高い酸素供給能力がマッチしていたためと考えられます。これは遺伝子における違いが、身体能力に影響する可能性を示した例といえます。
これまで、双子や親子を用いた研究から、持久的能力の指標である最大酸素摂取量(VO2max)や換気性作業域値(VT)、筋力また加齢に伴うそれらの変化などの遺伝率が算出されてきました。双子や家族を対象に持久力関連の表現型(VO2maxや最大下持久力など)の遺伝率を調べた研究について、システマティックレビューを行い遺伝率のメタ解析を行ったところ、VO2max(mL/kg/分)においては56%の遺伝率が示されています[2]。また、同様の方法で筋力に関連する表現型(握力、等尺性筋力など)の遺伝率を算出したところ、52%の遺伝率であることが示されています[3]。
これまで持久的能力との関連において最も多く研究されている遺伝子に、アンギオテンシン変換酵素(ACE)遺伝子があります。この遺伝子には、遺伝子の一部にある配列が挿入されている挿入型(I型)と、その配列がない欠損型(D型)が存在しています。無酸素登山により8,000mの山を制覇し得た登山家15名において、D型をホモ(同型)で保有するヒトはおらず、全員がI型を保有していたことが報告され、持久的能力にはI型を保有していることが有利である可能性が示されました[4]。その後もこのI型が持久的能力と関連していることが多く報告されています(しかしながら、「関連がない」とする報告もあります)。
一方、スプリント能力などとの関連が報告されているものとして、α-アクチニン3(ACTN3)遺伝子があります。この遺伝子にはR型とX型が存在し、持久性のオリンピック選手だとXX型が多くなり、パワー系・スプリント系のオリンピック選手だとXX型がいなかったという報告がされています[5]。つまり、XX型はパワー系・スプリント系には不利に働く可能性があります。
このように、現在、体力に関わる遺伝的要因となる遺伝子多型を同定しようとする研究が多くなされています。これらが明らかとなることにより、個人に適した運動種目を選ぶことが可能となったり、また適したトレーニング方法が見つかったりする可能性があります。しかしながら、人の身体能力は遺伝的要因のみにより決定されるわけではないことを十分認識しておくことも重要です。
(最終更新日:2023年02月20日)