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自殺対策(総論)

2022年に策定された第4次自殺総合対策大綱では、COVID-19パンデミック後の新たな自殺対策の取組として、「女性、無業者、非正規雇用労働者、ひとり親、フリーランス、児童生徒への影響も踏まえた対策」という視点が付け加えられ、多世代にわたる自殺総合対策を地域ごとに推進していく重要性が確認されました。世界的には、科学的エビデンスに基づく実装科学の視点を入れた高度な研究成果に基づく対策の推進が求められています。

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自殺対策基本法と第4次自殺総合対策大綱

日本の自殺対策は自殺対策基本法(2006年10月28日に施行、2016年4月1日に改正施行)に基づいて実施されています。法律に基づいて国が自殺対策を主導するという世界的にもきわめて珍しい枠組みは、官民学の連携に基づき構築されてきたものです。

この法律では、自殺対策の基本理念と国、地方公共団体、事業主、国民のそれぞれの責務を明らかにしています。自殺総合対策は「自殺防止と自殺者の親族等の支援の充実を図り、国民が健康で生きがいを持って暮らすことのできる社会の実現に寄与することを目的としている」と規定されています。具体的な施策や重点を置くべき施策は自殺総合対策大綱で示されています。

第4次自殺総合対策大綱(2022年10月14日に閣議決定)の概要を以下に要約します[1]~[3]。自殺総合対策の基本理念は「誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指す」であり、基本認識として、「自殺は、その多くが追い込まれた末の死である」「年間自殺者数は減少傾向にあるが、非常事態はいまだ続いている」「新型コロナウイルス感染症拡大の影響を踏まえた対策推進」「地域レベルの実践的な取組をPDCAサイクルを通じて推進する」の4つが挙げられています。新型コロナウイルスについての基本認識は第4次大綱で新たに追加されました。ここではコロナ禍における自殺実態の分析を踏まえて「女性、無業者、非正規雇用労働者、ひとり親、フリーランス、児童生徒への影響も踏まえた対策」という視点が付け加えられた点が注目に値します。

自殺対策の基本方針としては、以下の6項目が示されています。

 1. 生きることの包括的な支援として推進する

 2. 関連施策との有機的な連携を強化して総合的に取り組む

 3. 対応の段階に応じてレベルごとの対策を効果的に連動させる

 4. 実践と啓発を両輪として推進する

 5. 国、地方公共団体、関係団体、民間団体、企業及び国民の役割を明確化し、その連携・協働を推進する

 6. 自殺者等の名誉及び生活の平穏に配慮する

自殺総合対策における当面の重点施策として「女性の自殺対策を更に推進する」という施策が新たに追加され、重点施策は13項目となりました。ここでは、重点施策11「子ども・若者の自殺対策を更に推進する」と重点施策13「女性の自殺対策を更に推進する」について具体的項目を紹介します。

重点施策11「子ども・若者の自殺対策を更に推進する」については、以下の6項目が挙げられています。

 ■ いじめを苦にした子どもの自殺の予防

 ■ 学生・生徒への支援充実

 ■ SOSの出し方に関する教育の推進

 ■ 子ども・若者への支援や若者の特性に応じた支援の充実

 ■ 知人等への支援

 ■ 子ども・若者の自殺対策を推進するための体制整備

重点施策13「女性の自殺対策をさらに推進する」については、以下の3項目が挙げられています。

 ■ 妊産婦への支援の充実

 ■ コロナ禍で顕在化した課題を踏まえた女性支援

 ■ 困難な問題を抱える女性への支援

自殺対策の数値目標については、第4次大綱では「2026年までに2015年と比べて30%以上減少させることとする」としており、旧大綱の数値目標(自殺死亡率を2015年の18.5から2026年には13.0以下に減少させる)を継続しています。

効果的な自殺対策の推進に求められる観点

ここまでわが国の自殺対策の概要を第4次大綱に基づき概説しましたが、最後に、今後の日本における効果的な自殺対策の推進に求められる観点について言及します。

2023年にオーストラリアのグリフィス大学の研究者が公表した系統的総説「複合的自殺予防介入における実装科学の活用と応用」は、複合的自殺予防の介入研究で有効であった研究をEBMの立場から評価した研究です[4]。日本の研究として、「秋田県の地域介入研究(community-based program in Akita prefecture)」と「複合的自殺対策プログラムの自殺企図予防効果に関する地域介入研究(NOCOMIT-J)」の2つの研究が科学的に介入効果の認められた自殺対策として取り上げられています。すなわち、重点施策1の「地域レベルの実践的取組への支援を強化する」は、日本発の確かな科学的エビデンスに基づき重点施策の冒頭に掲げられているのです。

地域レベルの自殺対策を推進することは若者から高齢者までのすべての世代の自殺対策推進に資する最も重要な施策であり、地域自殺実態プロファイルは地域自殺対策計画に基づき得られた自殺率の増減を、投入された社会資源の量との関係で詳細な科学的分析ができるように設計されています。すでに世界的に認められた日本の科学的研究の成果に加えて、都道府県・市町村レベルの自殺率の時系列変化を実装科学(implementation science)の観点から科学的に分析し評価を行うことで、自殺対策の有効性をさらに検証することが可能となります。このような実装科学研究を実施できる高度な学術研究体制を確保し、着実な研究推進を図ることが今後の自殺対策推進における喫緊の課題なのです。

(最終更新日:2024年01月05日)

本橋 豊

本橋 豊 もとはし ゆたか

東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 非常勤講師

1980年東京医科歯科大学医学部卒業。1984年東京医科歯科大学院医学研究科衛生学専攻修了。医師、医学博士。日本公衆衛生学会認定専門家。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野非常勤講師。2016年より国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所自殺総合対策推進センター長。現在、東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野非常勤講師、国立精神・神経医療研究センター客員研究員。

参考文献

  1. 厚生労働省
    自殺総合対策大綱~誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指して~
    https://www.mhlw.go.jp/stf/taikou_r041014.html
  2. 厚生労働省
    自殺総合対策大綱の概要
    https://www.mhlw.go.jp/content/001002255.pdf
  3. 厚生労働省
    自殺総合対策大綱(本文)
    https://www.mhlw.go.jp/content/001000844.pdf
  4. Krishnamoorthy S et al.
    Utilisation and application of implementation science in complex suicide prevention interventions: A systematic review.
    J Affect Disord. 330, 57-73, 2023.